ずっと痛んでいた右膝も治り、今日は荷物に負荷をかけることにした。
20kg詰めたかったが、ちょっと遠慮して16kg。
徐々に慣らしていくことにする。
いつもと4〜5kgの違いなのだが、体にはずっしりとくる。
でも、そうそうこの重さ。
この重さを担いで、そのきつさに負けず歩ききることが楽しいのだ。
その荷の重さに合ったペースが自然とできあがり、
呼吸はその歩きに合った息づかいを刻むようになる。
同じ歩で息を吐き、吐き終える頃にぐっと力を入れて踏ん張り、
息を吸って歩をつなぎ、また次の歩に進む。
この繰り返しをリズムよく行うことが、
とても心地よいのである。
そして、足に残った疲労感は、確実に次の山を楽にしてくれる。
山登りでは、きつさは、体力をつけるバロメータである。
前回よりも、負荷をかけるというのはそういう意味がある。
歩きだすと、抜けるような青い空。
冬の乾いた空気が、空の雲を吹き飛ばしたかのようだ。
そう寒くないなあと思って歩いていたが、
成相山との分岐を過ぎて稜線に出ると、一気に北西の風が吹き荒れていた。
気温は0度くらいなのだが、風に冷やされるので体感温度はもっと低くなる。
ごうごうと風の音が森の中を駆けていく。
そのうち、「キー」とか「ヒー」とか、ちょっと不気味が音が耳に届いてくる。
木が鳴る音である。
昼間に聞けば、木のきしむ音と冷静に判別できるのだが、
もし、夜に耳にしたなら、それは、妖怪のたぐいの叫び声に聞こえそうである。
冷たい北西の風がもたらすこの寒さのおかげで汗は出てこない。
山では汗をかかないように、着る物を脱いだり、着たりする。
汗は体を冷やすために出てくる。
汗が出るということは体が熱いのである。
上着を着て汗をかくということは、その分あとで山では命をつなぐための貴重な水を
余計に消費してしまうということになる。
また、汗で濡れたシャツが後で体を冷やすため、寒い時期は体の疲労につながる。
冬山では低体温症の原因となる。
まあ、こんな低山でそこまで考えなくてもいいのだが、
高い山に登ったときに備えての習慣作りでもある。
この辺の「備えて、こうする」という部分が、
山登りの訓練であり、空想につながる大人の楽しみ、密かな遊びの部分でもある。
山頂に着くと、壱岐と韓国がかすかに見えていた。
服を着込んで、山頂で昼食をとろうとも思ったが、風が顔に痛い。
前回と同じように少し下ったところに避難しての昼食とする。
下り終わると、重い荷を担いできた喜びが足に残っている。
ずっと膝が痛くて、重い荷物を担げなかったからでもある。
また、なまった体を鍛えてみたいと、そんな元気も出てきたかなと思う
今日の有明山だった。
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